藤崎慎吾 レフト・アローン

あらすじ

21世紀なかば,各国コロニーが勢力争いを繰り広げる火星で,五感を制御されたサイボーグ兵士のジロウは熾烈な戦闘に従事していた − デビュー長編『クリスタル・サイエンス』の前日譚たる表題作,奄美在住の画家と不思議な石との交流が壮大なビジョンを紡ぐ,『ハイドゥナン』の姉妹篇的中篇「星窪」など,科学という言葉で語られた生命と宇宙の神話,全5篇を収める短編集。

感想

ハードSFという枕詞で語られる事の多い作者ですが,最初の読後感はとても叙情的でセンチメンタルな印象を受け,"ハード"という言葉とはうまく結びつきませんでした。確かに随所にハードSF的な小道具が出てきたり,しっかりとした科学的考証もできているのですが,ハードSFって言われて初めてそういやそうだなって感じでした。なんというかどの作品を読んでも"風"を感じます。火星の荒野に吹く風,奄美の山並みに吹く海風。この作者の描くことの多い大いなる自然の力が感じられます。
ここの作品では逼迫した状況を描いていながら猫をメインにしたことで,ユーモラスでいてどこかほのぼのとした「猫の天使」,私の好きな谷甲州に通じるものを強く感じた「星窪」,人類が宇宙に適応した形にさまざまに進化した遠未来を描き,ほとんどファンタジーといってもよいような「コスモノーティス」など,バラエティにとんだ作品が収められ,藤崎慎吾のさまざまなエッセンスを楽しめる構成になっています。どれもシリアスな内容のものばかりですが,作風が多岐に及んでおりこの作者の奥の深さを感じられます。